QCADでトロコイドポンプの創成図を描く

QCADやLibreCADといったソフトウェアは、複合動作コマンドが使えるため、インボリュート歯車の創成図を描くことができます。これまでに、そのような記事をいくつか書いてきました。しかし、最近気づいたのは、これらのソフトウェアを使って「トロコイドポンプ」というポンプの創成図も描けることです。これは「二点で回転」という標準コマンドを使って実現できます。

ポンプの設計方法には触れませんが、既に設計されたポンプのデータを元に、QCADを使ってどのように創成図を描くかを説明します。

ちなみに、「トロコイドポンプ」は英語圏では「Gerotor」と呼ばれています。これは「generated rotor」(生成されたローター)という意味です。この名前の由来は、これから説明する内容で明らかになるでしょう。

トロコイドポンプの形状

トロコイドポンプの基本構造: トロコイドポンプは、内側のロータ(インナーロータ)と外側のロータ(アウターロータ)から成り立っています。インナーロータの歯の数をZi、アウターロータの歯の数をZoとします。この2つのロータは、歯の数が1つ違うという特徴があります。

  • 偏心量e: インナーロータとアウターロータの中心間の距離を「偏心量e」と呼びます。この距離はポンプの重要な特徴の一つです。
  • ピッチ半径: 歯数Zi, Zoと偏心量eによって、それぞれのロータのピッチ半径が決まります。ピッチ半径は、e×Ziとe×Zoで計算されます。
  • アウターロータの歯形: アウターロータには円弧形状の歯がZo個配置されています。これらの歯の円弧半径をa、中心半径をRbとします。
図1.トロコイド
  • トロコイド運動と創成図: アウターロータの動きを理解するためには、インナーロータを停止した状態で考えるとわかりやすいです。この状態では、アウターロータはインナーロータの周りを滑らずに転がります。アウターロータの歯の中心が動く際の動きを「トロコイド運動」と呼び、この動きによって描かれる軌跡がポンプの設計における「創成図」となります。

このように、トロコイドポンプは特殊な歯形のロータを用いて、効率的に流体を移送するための機械です。その動作原理は、ロータ間の精密な位置関係と形状に依存しています。


例題1「Zi×Zo=4×5,Rb=80,a=40,e=10」

図1の左側の仕様で描いてみましょう。

アウターロータ作成
  • 原点中心に半径Rb=80の円を描きます。
  • RbとY軸の交点中心に半径a=40の円を描きます。
  • 半径aの円を、円周等分で5個配置します。
  • 原点中心に半径e*Zo+eの円を描きます。この円がアウターロータの歯底円になります。
図2.アウターロータ歯形
インナーロータ作成
  • 半径a=40の円をどれか一つクリックして選択状態にします。
  • コマンド欄に次の3行をコピーして、貼り付けてください。1行ずつ手打ちしてもかまいません。
rotate2
0,-10
0,0

1行目:「2点で回転」コマンド
2行目:公転中心は0,-10(インナーロータ中心座標値)
3行目:自転中心は0,0(アウターロータ中心座標値)

  • 回転2オプションが表示されたら次のように入力します。

多重コピーにチェック入れて「360」入力。360°計算させるため。
アングルaに「5」。ここにはアウターロータ歯数を入れます。
アングルbに「-4」ここにはインナーロータ歯数を入れます。

図3.回転2オプション
  • 以下の創成図ができたら完成です。創成図内側の白抜き部分の外形形状と、図1左側のインナロータを見比べてください。同じ形状になっていますね。「GEROTER=Generated rotor」の由来はここにあると思いませんか。
図4.創成図とインナーロータ

図4の創成図は、図5に示すように、固定されたインナーロータのピッチ円に内接しながらアウターロータが回転するときの軌跡です。

図5.トロコイド運動

創成図を構成しているのは、多数の円群ですが、円群の中心の軌跡はトロコイド曲線です。ということは、インナーロータの形状は、トロコイド曲線の平行曲線なのです。

例題2「Zi×Zo=10×11,Rb=125,a=25,e=10」

例題1と同様にして例題2を描いてみます。わけがあって、作図は最後まで読んでからにしてください。

アウターロータ作成
  • 原点中心に半径Rb=125の円を描きます。
  • RbとY軸の交点中心に半径a=25の円を描きます。
  • 半径aの円を、円周等分で11個配置します。
  • 原点中心に半径e*Zo+eの円を描きます。この円がアウターロータの歯底円になります。
インナーロータ作成
  • 半径a=25の円をどれか一つクリックして選択状態にします。
  • コマンド欄に次の3行をコピーして、貼り付けてください。1行ずつ手打ちしてもかまいません。
rotate2
0,-10
0,0

1行目:「2点で回転」コマンド
2行目:公転中心は0,-10(インナーロータ中心座標値)
3行目:自転中心は0,0(アウターロータ中心座標値)

  • 回転2オプションが表示されたら次のように入力します。

多重コピーにチェック入れて「360」入力。360°計算させるため。
アングルaに「11」。ここにはアウターロータ歯数を入れます。
アングルbに「-10」。ここにはインナーロータ歯数を入れます。

  • 以下の創成図が書けたら完成です。トロコイド曲線を表す点は、上記のインナーロータ作成手順の中で、a=25の円をrotate2するのではなく、a=25の中心点を作って、それをrotate2すれば作成できます。
図6.10x11トロコイドポンプ
実は、この歯形には問題があります。下図のように歯形の肩位置に「尖点」(エッジ)が発生しているのでヘルツ応力が無限大となってしまいます。偏心量を小さくするか(e=8)、円弧中心径を大きく(Rb=135)すれば解消します。これは小型で大容量のポンプを設計するときの限界になります。
図7.尖点の発生

補足

  • このままではチップクリアランスがゼロなので、実用の際は適切なクリアランスを付ける工夫が必要です。
  • トロコイド曲線のオフセット曲線を求めると正確なインナーロータ歯形を描けますが、QCADのオフセット機能は、円、楕円、線分にしか対応していないのでダメでした。まあ、学習目的にはいいのではないでしょうか。
  • サイクロイド減速機」という機構がありますが、そのピン歯車と曲線板の関係は、今回のアウターロータの円弧歯形とインナーロータの関係と同じなので、同様に描けると思います。
以上です。