正確なインボリュートと歯元隅肉曲線の歯車作図方法

このところ似たような名称のテーマが続いて恐縮ですが、今回は創成図の結果を利用しながら、「離散的」ではなく「連続的」に歯形と歯元隅肉曲線をCAD作図だけで求める、という内容です。出来栄えは、歯車アドインで作ったものと同等で、まったくそん色ありません。


経緯

創成図から歯形の成り立ちを理解する(1)」で、歯元隅肉曲線が、ラックの歯先丸み中心軌跡のオフセット曲線と一致することを確認しました。この方法は、複雑な計算式を用いることなく、CAD機能だけで歯元隅肉曲線を作図可能な方法です。理論としては知っていて、自作の歯車ソフトもそれを使って正確な歯元隅肉曲線を算出しているのですが、簡単な幾何動作とオフセット曲線だけで歯元隅肉形状が精度よく再現できたことに(われながら)驚きました。

いっぽう、インボリュート曲線のほうは従来からCADによる作図方法は知られています。

この両者を組み合わせることで、正確な歯形が手作業で作図可能であることがわかりましたので、手順を説明していきたいと思います。形状が正確である理由は、歯面のインボリュートと歯元のトロコイドの創成原理をCAD上で再現しているからです。そのあたりも参考にしていただくと、インボリュート歯車の理解を深められると思います。

CADはFusion360を対象としますが、おそらく一般的なCADで作図可能でしょう。

全体の流れ

以下の手順で全歯モデルを作成します。

左歯面の丸み中心軌跡とオフセット曲線作図
左歯面のインボリュート作図と位置合わせ
不要部のトリムと歯底円弧、歯先円弧作成
ミラーコピーで1歯面作成
円形状コピーで全歯作成

モデルの歯車諸元

アンダーカットが再現できていることを確認するため、歯数6を対象にします。

  • 歯数z6
  • モジュールm1
  • 圧力角pa20°
  • 歯先のたけ係数ha1.0
  • 歯元のたけ係数hf1.25
  • 頂隙係数ck0.25
  • 歯先の丸み係数rof0.38

準備

以下の補助線を作図しておきます。

  • ピッチ円(d=mz)
  • 歯先円(da=m(z+2ha))
  • 歯底円(df=m(z-2hf))
  • 基礎円(db=d cos(pa))
  • 円の中心を通るZ方向軸
  • 5°毎の半径線を90°±70°の範囲で作成
図1.準備

今回はZ6なので70°ですが、歯数が増加するほど、半径線の必要な角度は小さくて済みます。
概算で必要角度=acos(歯底円径/歯先円径)=acos(m(z-2.5)/(m(z+2)))なので
z6のときacos(3.5/8)=64°
z20のときacos(17.5/22)=37°
z40のときacos(37.5/42)=27°
z60のときacos(57.5/62)=22°

図.かみ合い開始(終了)角度

左歯面の丸み中心軌跡とオフセット曲線作図

1. 下図に従って、ラック歯先の丸みを半径に持つ円を作成し、番号0とします。

ラックのピッチ線をピッチ円に合わせて配置してください。
図の「0.7854」は「π/4」のことで、モジュール1なのでピッチπ、歯厚π/2より歯厚の左半分なのでπ/4が出てきます。
「1.5708」は「π/2」のことで、左半分なので1/2ピッチであることを示しています。

図2.ラック歯先の丸み
図3.ラックの配置
2. 0番の円を、「矩形状パターン」でコピーします。それぞれ番号1~14とします。

「方向」:水平方向右側
「数量」:片側70°を5°で分割するので15個です。
「間隔」:ピッチ円上で角度5°の円弧長と一致させます。今回はrθ=mz/2\cdot 5/180 \cdot \pi = 0.2618となります。

図4.丸み半径の円を矩形状コピー
3. 番号iの円とi×5°の半径線をペアにして、半径線が直立するまで反時計方向に回転させます。

90°を基準として時計回りに5°,10°...70°としています。

  • 番号1の円と5°の半径線をペアにして反時計回り5°回転移動します。
  • 番号2の円と10°の半径線をペアにして反時計回り10°回転移動します。
  • .....
  • 番号14の円と70°の半径線をペアにして反時計回り70°回転移動します。

一連の作業は、ラックが歯車素材を切削加工していく様子をシミュレーションしています。詳細は「CADでラックから歯車創成図を書いて3Dモデル化する(1)」の創成原理で説明しているので、興味ある方はご覧ください。

図5.丸み半径円と半径線の回転移動
4. 回転移動した円0~14の中心点を通過するスプラインを作成します。

このケースでは、最後の円中心点が基礎円の外に出る必要があります。今回の最後は番号14で角度70°でしたが、当初角度60°までにしていました。そうすると基礎円の外に出なかったため、オフセット曲線(=歯元隅肉曲線)とインボリュート曲線が交わらなくなり、急遽70°まで拡大しました。逆に、基礎円から外に何個も計算する必要はなく、1、2個が基礎円の外にあれば、残りの回転移動は不要です。

図6.全要素移動後スプラインとオフセット曲線作図
5. 丸み中心点を通るスプラインのオフセット曲線を作成します。
  • 「オフセットの位置」:ラック歯先の丸み半径rof*m=0.38
  • 「反転」:オフセット曲線が円0~14の右側の包絡線となればOK

オフセット曲線が、歯元隅肉曲線となります(図6右)。

これは、ラック歯先の丸み中心がトロコイド運動するのですが、歯車素材を削るのは丸み中心から半径rof*mの距離にある円の外周部分です。この円が丸み中心の軌跡とともに無限に並んだときの輪郭を「包絡線」といいます。曲線上に中心を持つ多数の円群の包絡線をとることと、曲線のオフセット曲線を求めることは同じ意味です。

左歯面のインボリュート作図と位置合わせ

1. 接線の準備

図9に示すインボリュート曲線作図のために、基礎円上を等分割した点から接線を引くので、その準備をします。

  • スケッチの余白に基礎円上で角度5°の円弧長を持つ線分を作成します。今回はrθ=mz/2\cdot \cos (20) \cdot 5/180 \pi = 0.2460となります。
  • 同様に10°~70°の円弧長を持つ線分を作成します。

これを簡単化するには、
14番目の70°の円弧長は、基礎円半径3*cos(20)で角度70°なので、L=rθ=3*cos(20)*70/180*PIが求める長さです。
余白に水平線分を描き、長さ欄に「3*cos(20)*70/180*PI」を記入して作成します。

つづいて長さ2~13番の線分は、次のようにしました。

  • 70°の円弧長さの線分を矩形状パターンでY軸方向に「数量」15、「間隔」は0.2でコピー。
  • 最上段の右端と最下段の左端を結ぶ斜め線をひく
  • 斜め線のどちらか一方を「トリム」すると、5°円弧長の1,2,3,4,5,6,7,...,13倍の線分が得られる。
  • 「D」コマンドで各線分の長さを、表示された数値でEnterし、長さを確定する(これにより意図しない長さ変更が避けられる)
  • 斜線を削除する。
図7.接線作成
2. 基礎円上に配置
  • 線分1~14の右端点を、半径線5~70°の基礎円上の点に一致するように「一致」コマンドで移動させます。
  • 線分1~14をそれぞれの半径線の接線になるように「直交」コマンドで回転させます。
      • 半径線の基礎円上の点が白丸の場合、「非拘束点」なので、直交コマンド実行すると、逆の端点に一致拘束されます。これを防ぐには、事前に半径線の基準線上の白丸点に、スケッチの「点」を打つと黒丸に変化して意図した動きが得られます。
図8.接線の移動と回転
  • 線分1~14の左端点を、スプラインで結びます。これがインボリュート曲線です。この作図方法は、インボリュート曲線の定義(糸をまいた円筒から、ぴんと張ったまま、糸をほぐしていくときの糸の先端の軌跡)そのもので、「機械設計製図便覧」記載の方法です。
図9.インボリュート曲線
  • インボリュート曲線の立ち上がり起点が、基礎円上の90°位置にあるので、ラックの中心に来ています。これをラックの創成運動で完成するはずのインボリュートの位置まで回転移動させる必要があります。その角度は以下の方法で求められ、今回のケースでは15.85°反時計方向に回転させます。
    • 【第1の方法】
      • 圧力角相当の20°半径線から接線を伸ばし、インボリュート曲線と交差して、最初に書いたラックに達するまで延長します。ラックとの接触点とインボリュート曲線との交差点の間の長さLを計測します。長さLの基礎円上の円弧となる角度θは、L=rθよりθ=L/r=L/(mz/2 cos(20))となり、今回のケースではθ=15.853°です。よってインボリュート曲線を15.853°左回転させると、直立した歯形の左歯面となります。
図10.インボリュート回転移動量(第1の方法)
    • 【第2の方法】
      • このインボリュートの圧力角20°位置がラックの中央線にあったとすれば、ラックの20°線までは歯厚の半角になります。現実のインボリュート曲線は、歯形中央線と圧力角0°位置で接するので、2本のインボリュート曲線の角度差はinv(20)に相当します。結局回転すべき角度は、歯厚の半角+inv(圧力角)=360/6/2/2 + tan(20)*180/π - 20=15 + 20.854 - 20 = 15.854°となって、先ほどの値と一致します。
図11.第2の方法

第1第2の方法ともに、インボリュートの特性を使っています。インボリュート曲線は、圧力角位置でラックと接します。したがって、起点が90°位置にあるインボリュート曲線を作ったのは、ラック歯形が中央にあるラックなので、これに接するまで回転しなければなりません。

図12.ラックの移動回転
図13.移動後の配置
図14.この時点の完成図

不要部のトリムと歯底円弧、歯先円弧作成

左歯面を完成させます。歯先と歯底の円弧は、次のミラーコピー後でもかまいません。

  • インボリュート曲線とトロコイド曲線(歯元隅肉曲線)のクロス部から先の不要部をトリムします。
  • インボリュート曲線と歯先円の交点から、歯形中央まで歯先円半径の円弧を作成します。
  • インボリュート曲線が歯先円からはみ出している部分をトリムします。
  • 歯溝の中央点角度は、360/Z/2よりZ6の場合30°です。よって隅肉曲線の終端と歯溝中央点まで、歯底半径の円弧を作成します。

ラック歯先がフルRの場合は、隅肉曲線の終端と歯溝中央点が一致するので、歯底円弧は作成しません。

  • 歯元隅肉曲線の不要部をトリムします。
図15.歯形の左半分完成

ミラーコピーで右歯面作成

歯面左の歯先円弧、インボリュート曲線、トロコイド曲線、歯底円弧を、歯形中央線対称のコピーで1歯分を完成させます。
インボリュート曲線とトロコイド曲線は、標準歯車の場合、歯数18以上では交わらずにスムーズにつながりますが、17以下では交わります。接続点または交差点で「トリム」してください。歯数17以下ではつなぎ部分がエッジとなります。実際には17程度では見た目にわからないのですが、歯数が少なくなってアンダーカットが大きくなるほど、エッジが鋭くなってインボリュート部を侵食していきます。

図16.1歯完成

円形状コピーで全歯作成

歯数分円形状パターンで全歯作成すると完成です。実はここでちょっと手こずりました。どこかで図形がオープンになっていて、図のようにマウスオーバで青にならないのです。辺同士の端点が2重になっていたので、一方を動かすと図形がオープンになり、もう一度重ねると接続してくれました。

図17.歯車完成

厳密計算歯形と比較確認

全歯作成できたので、押し出しで3次元化しました。比較用に「igears2」で「外歯車単体」を選び、諸元を合わせて3Dモデルを作成しました。両者はよく一致しており、アンダーカットも再現できていて、手作業モデルでもそん色ありません。
「CADでラックから歯車創成図を書いて3Dモデル化する(2)」で生じた多角形誤差等はなく、見た目も歯筋線の少ないきれいなモデルになっています。

図18.形状比較

応用

転位歯車

今回は、転位0なのでラックピッチ線と歯車ピッチ円の位置を合わせました。転位設計では、ラックピッチ線を、歯車ピッチ円から上下にシフトさせます。この方法で転位を実現するには、以下を修正すればよいはずですが、次の機会にやってみたいと思います。

  • 丸み中心の位置を転位分(転位係数×モジュール)シフト
  • インボリュート曲線を回転移動する際に、方法1はラックを転位量シフト、方法2はピッチ円での円弧歯厚に転位量のtan(圧力角)成分をプラス

まとめ

  • インボリュート、トロコイド形状は正確で、アンダーカットも再現できました。
  • この方法は、歯元も含めて正確な歯形形状を出力するツールのないCADで有効だと思います。

なお、内歯車の正確な歯形作成手順は、以下のページをご覧ください
involutegearsoft.hatenablog.com
involutegearsoft.hatenablog.com