創成図から歯形の成り立ちを理解する(1)

経緯

今回は、創成図からインボリュート歯車各部の成り立ちを理解するというテーマです。これが一番書きたかった内容なのですが、順を追って説明してこないと、なかなか理解が難しそう、ということで今までラック、創成図の書き方について記事にしてきました。
これで、なぜ歯車の歯元隅肉部があんな形をしているのかを分かってもらえたら嬉しいのですが。

関連する過去記事は次の通りです。
CADで歯の曲げ危険断面と歯形係数を求める
CADでラック歯形を作る(1)
CADでラック歯形を作る(2)
CADでラックから歯車創成図を書いて3Dモデル化する(1)
CADでラックから歯車創成図を書いて3Dモデル化する(2)

準備

ベースの創成図

  • 以下の創成図を作成しておきます。
図1.ベースの創成図
  • 創成図にピッチ円、歯先円、歯底円、基礎円を描きます。
    • ピッチ円径 D=mZ=20
    • 歯先円径 Da=m(Z+2)=22
    • 歯底円径 Df=m(Z-2.5)=17.5
    • 基礎円径 Db=D cos(α)=20 cos(20)

円直径入力時「20*cos(20)」と書けば、Fusion360が解釈してくれます。
歯先径はピッチ円径+歯末のたけ*2*m、歯底円はピッチ円-歯元のたけ*2*mからきています。

運動軌跡の作成

ラック中心軌跡

ここでいうラック中心は、歯車素材のピッチ円位置に相当するラック歯溝幅の中央です。ラック上辺の中点から、歯末のたけに相当する長さ1mmの垂線を下ろしたときの先端に位置します(図2)。

  • 右側の5~50°傾いたラック10個について、ラック上辺中点から1㎜の垂線書きます。
  • 右側の垂線の先端をすべて直線かフィット点スプラインで結びます。
  • ミラーで左側にコピーします

ラック中央点は、前々回の「CADでラックから創成図を書いて3Dモデル化する(1)」図9の段階で記入しておいて、他と一緒に回転移動させればよかったのですが。

図2.ラック中心と丸み中心
ラック歯先の丸み中心軌跡
  • Fusion360なら、創成図にはラックの丸み部の中心に白抜き〇の点が表示されているはずです。その点をたどって直線またはフィット点スプラインでつなぎます(図2)。他のCAD使用などで点が表示されない場合は、ラックの丸みから中心位置を求めてください。
  • ミラーで反対側にコピーします

基礎円接線

ラック中心点を通る基礎円との接線を5~50°分9本書きます

準備完のイメージ

最終的に次のようになっていればOKです。

図3.準備完了状態

理解しておきたいこと

全体の動き

過去記事の4番目で元の創成図を作ったとき、左にあったラック歯形が、右回転させたら、中央から右側に移動してきたはずです。歯車素材は左回りするとした場合、ラック歯形は右から左へ移動するので、創成図では左から右へと移動しています。

図4.歯車素材が左回転したとき

この情報を、創成図に入れます。

図5.ラックの動き

ラック中心の軌跡がなす曲線

このラックの動きは、次の運動が行われている場合の軌跡です。図6の線分BB'は円弧mnの上をすべらずに転がる時、AA'やCC'の状態になります。BB'にラック❷が固定されていたら、線分の転がり回転にともなってラックは❶や❸の姿勢を取ります。
この動きはインボリュートの定義そのものなので、ラックの中心が描く軌跡(図5の曲線AB、BC)はインボリュート曲線です。図5でラックの中心を通りピッチ円に接する線が、図6の線分AA',BB',CC'に相当します。

図6.円弧上を滑らず回転する線分

丸み中心の軌跡がなす曲線

固定円上をころがる円(動円)の中心からオフセットした点の軌跡を「トロコイド曲線」といいます。丸み中心の軌跡がまさにそれです。トロコイド曲線はオフセットした点が動円の半径を越えるとき、固定円との接触点付近で軌跡がループになりますが、図5でもそれがあらわれています。
今回の場合、動円はどれかと思うかもしれませんが、動円の半径を無限大にすると直線になります。つまり図6のAA'がそれに該当し、AA'からオフセットした丸み中心の軌跡はトロコイド曲線になると解釈しています。
丸み中心の軌跡は、基礎円から下に来た時に歯形に影響を及ぼします。ここはあとで説明します。

トロコイドを動画で確認

以下のyoutube動画は、筆者がグラフ計算機「desmos」で作成したものです。
固定円の周りを動円が滑らずに転がっていて、動円の中心から「腕」が出ています。腕の先端の軌跡が3種類ありますが、腕の長さが、動円半径より短い場合、動円半径に等しい場合、動円より長い場合、です。それぞれ、トロコイド、サイクロイド、トロコイドという名前がついています。今回の丸み中心軌跡は3番目の、動円半径より腕が長い場合に相当し、特有のループを生じています。
youtu.be

ラックの歯先の丸み部がピッチ円の下に位置するので、その軌跡はループを生じるトロコイドになります。

ラックの動きと加工する歯面位置

歯車をラック加工するときに、歯面の各部分がラックのどの部分で、いつ加工されるのか、を説明していきます。

  1. 図5でラックがAからBに動くとき、後半部分でラックの右斜辺の包絡線はインボリュート曲線となり、歯面❶を創成します。
  2. この間、ラックの左斜辺は歯面形成に関与しません。
  3. ラック中心がAからBへ動くとき、ラックの左側の丸み中心はDからEへ動きますが、Eに近づくとラック左の丸みが歯元隅肉部❹を形成します。その確認方法ですが、丸み中心が基礎円の下の領域で、丸み中心を中心とする半径0.38(ラックの歯先丸み半径のこと)の円を描いてください。その円は創成図の歯元隅肉曲線と接していることを確認してください。
  4. ラックがBからCに動くとき、ラック右側の丸み中心はHからIへと動きますが、H以後に歯元隅肉部❷を形成します。ここでも基礎円から下で、丸み半径の円を描いてみてください(図7)。
  5. その後は、ラック左斜辺が歯面❸を形成します。
図7,H部(右側歯元隅肉部)詳細

以上のようにインボリュートギヤの左歯面、右歯面、左歯元、右歯元は、それぞれ異なったタイミングで加工されます。順番は右歯面⇒左歯元⇒右歯元⇒左歯面となってますね。
面白いのは、右歯面と右歯元、左歯面と左歯元が、まったく違う曲線で、違うタイミングで加工されるのに、滑らかに接続していることです。インボリュート面は右に凸な曲線、トロコイドは左に凸な曲線ですが、接続部は同一法線なのです。この関係は標準歯車の場合、歯数18以上で成立します。歯数17以下では、接続部の法線角度は異なってきてしまいます。この状態を「アンダーカット(切り下げ)」と言います。

インボリュート曲線は、基礎円に巻き付けた糸を張ったままほぐす時の先端の軌跡なので、基礎円の内側には存在しません。それで基礎円の内側はラックの歯先丸みによる加工面が表に出てきます。

トロコイド運動するのは「ラックの丸み中心」です。基礎円内側の歯元隅肉の加工面は、丸み中心軌跡から丸み半径だけオフセットした曲線なので、正確には「トロコイドの平行曲線」だと思いますが、「トロコイド曲線」で通じます。

動画で確認

以下のyoutube動画は、筆者が「desmos」というグラフ計算機で作成したインボリュートギヤ創成の様子です。本来の仕様はスライダーで任意の歯数を選べるのですが、動画では歯数5、10、15をリピートしています。

このラックは歯先の丸みのない「ピン角」ラックです。この場合、ピン角部がトロコイド運動となります。 歯先丸みがないのは、desmosで表現可能な簡単な式で書けなかったためです。

歯数が少ないほどラック歯先のトロコイド運動が大きくなっていることに注意してください。これは、ラック歯先が基礎円内側に入り込む長さが増えた状態で、歯車の歯数減少にともなってピッチ半径が小さくなったので、図5のE,H部での左右の振りが大きくなったのです。そのため歯元を削る量が増えて細くなるうえに、インボリュート歯面まで削るようになります(アンダーカット)。
youtu.be

歯元隅肉曲線の計算方法

CADで算出

ラック歯先の丸み中心の軌跡はトロコイドなので、媒介変数表示の方程式で表せるのですが、丸みで形成される隅肉曲線はその平行曲線になります。CADならオフセット曲線で簡単に書けます。下図は、丸み中心軌跡をフィット点スプライン(青)で作成し、そのオフセット0.38の曲線(ピンク)を書いたものです。見事にigears2の厳密計算の歯元隅肉形状に一致します。

図8.丸み中心軌跡のオフセット曲線

丸み中心の軌跡は先端の曲率半径が小さいため、微小な計算きざみでも、オフセット位置で間隔が広がってしまい、誤差が増える原因でしたが、オフセット曲線ならば離散ではなく連続なので、本来の形状が出たものと考えます。

数値計算で算出

丸み中心のオフセット曲線を数値計算で求めるには、丸み半径をもつ円の中心がトロコイド曲線上にあるときの円群の包絡線を求める、という問題を解くことになります。一般的に包絡線の式は以下で求めます。

曲線群 f(x,y,t)=0の包絡線の方程式は、f(x,y,t)=0\frac{\partial}{\partial t}f(x,y,t) =0からtを消去すると求められる。

歯車作成アドイン「igears2」はこの方法で求めていますが、大変正確です。

さて、長くなったので次回へ続きます。
今回は歯数20の標準歯車を対象にしており、歯数が多い場合や少ない場合は、次回にできるだけ説明しようと思います。